奥村よしまさホームページ|トップページ
奥村よしまさホームページ|私の考え
奥村よしまさホームページ|プロフィール
奥村よしまさホームページ|事務所・後援会
奥村よしまさホームページ|よしまさ日記
奥村よしまさホームページ|リンク
奥村よしまさホームページ


 2014(平成26)年5月31日、国立競技場最後のイベントである「SAYONARA国立競技場FINAL “FOR THE FUTURE”」が開催され、56年の歴史に幕を下ろすことになっています。
 
 1964(昭和39)年の東京オリンピックは、日本が戦後復興をとげ、国際社会の舞台に復帰するシンボルとされていました。国家プロジェクトとして開催された本大会において、国立霞ヶ丘競技場(以下、国立競技場という。)はメインスタジアムとして使用され、その後、オリンピックのレガシーとして今日まで大切にされてきました。
 
 しかしながら、それから半世紀以上が経過し、現在の国立競技場は、経年による劣化が著しく、また、陸上トラックが8レーンであることなど国際大会を開催するのに支障が生じている状態にあります。
 
 今後、首都・東京で開催予定の大規模な国際競技大会のメインスタジアムとして活用するため、国立競技場を8万人規模のナショナルスタジアムとすることが計画されています。昨年9月7日のIOC総会において2020年の東京五輪の招致が決定されたことにより、今、国を挙げて、必要となる支援や協議環境等その準備態勢が整備されようとしています。
 
 新しく整備する競技場では、スポーツ基本計画で謳われている大規模競技大会が開催できる競技場であるとともに、スポーツ利用のない時でも文化的利用を行うことができる大規模集客施設であること、また、神宮外苑という地域性への配慮と環境性能にも優れた、世界に誇れるスポーツ・文化の拠点となることが求められており、国民の一人として、出来上がりを今から楽しみにしています。
 
 さて今日は、5月最終日です。8時30分からこやり事務所にて選対会議が招集されています。13時からは、第3選挙区事務所での選対会議も予定されています。いよいよ来月に備えて、準備態勢の強化に努めなければなりません。
 
 17時からは、滋賀県行政書士会政治連盟滋賀支部の総会が開催されますので出席をさせていただきます。更に、19時からは、武村代議士による国政報告会が守山商工会議所において開催されますので参加をさせていただきます。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 白鵬 翔(1985年3月11日生まれ)は、モンゴル国ウランバードル市出身で宮城野部屋所属の現役大相撲力士、第69代横綱(2007年7月場所〜)。本名はムンフバティーン・ダワージャルガル(日本相撲協会による公式表記ではムンフバト・ダヴァジャルガル)、モンゴル語での愛称は「ダワー」だそうです。

 得意手は右四つ、寄り、上手投げ。身長192cm、体重158kg(2014年3月場所現在)、血液型はA型。好物は焼肉と納豆、嫌いなものはあんこ、趣味は読書、チェス、ビデオゲームだそうです。現在では、貴乃花および朝青龍とともに「平成の大横綱」の一人に数えられています。

 NHKスペシャル「横綱白鵬 〜“最強”への挑戦〜」(2010年11月28日放送)内にて、最新の科学を駆使して白鵬の強さの秘密に迫る試みが行われました。それによれば、白鵬には陸上選手のウサイン・ボルトに匹敵する瞬発力や、反動を起こさずに筋肉を動かせる特技など、力士にとって理想的な身体能力が備わっているとの結果が出ました。
 
 また、立会いの際に上半身の筋力をほとんど使わず、優れた柔軟性と強靭な下半身の筋力によって巧みに相手の力を吸収してしまうという、極めて特異な技術を持っていることも明らかとなりました(同番組内で、強くぶつかっても力が吸収されてしまう感覚を受けるという旨の証言を琴欧州が語っています)。
 
 当時幕下だった白鵬は、朝青龍と30メートル走を行い2度に渡って朝青龍に勝ちました。朝青龍はこれに対して「なんだ、つまんねぇ」と機嫌を悪くし、この頃から朝青龍は白鵬をライバル視するようになったそうです。去る5月場所でも優勝し29勝目を飾りました。横綱3人体制になりましたが、まだまだ白鵬の時代は続きそうです・・・・!!!!
 
 さて今日は、この夏の戦いに向けて、滋賀県社会福祉協議会と滋賀県老人クラブ連合会(草津市笠山7丁目)を訪ねることになっています。連日真夏日が続いていますが、どうか皆様には体調に十分ご注意されて、こまめに水分補給を心がけて下さい。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 京都市営地下鉄の烏丸線は、京都府京都市左京区の国際会館駅から同市伏見区の竹田駅までを結ぶ路線です。京都市では初の市営地下鉄路線とされています。北大路駅 - 十条駅間は烏丸通の地下を通り、同市中心部を南北に貫いています。

 1981(昭和56)年5月29日の開業当初は4両編成で運行されていましたが、竹田駅への南進開業後は全列車が6両編成で運行されています。また、ほぼすべての駅が将来の増結に対応したホーム長となっています。

 この路線は東西線と異なり、発車メロディは開業当初より導入されていません。2014(平成26)年度から駅に可動式ホーム柵が設置される予定です(2014年度は烏丸御池駅、2015年度は四条駅・京都駅に設置)。
 
 この路線の特徴として、路線距離13.7kmの沿線には10校もの大学が設置されており、さすが学生の街にふさわしい状況となっています。

 内折り返し運転のほかに、竹田駅から近畿日本鉄道(近鉄)京都線に乗り入れ相互直通運転を行っています。2012年3月20日の改正ダイヤでは、昼間時間帯は1時間8本(7分30秒間隔。線内折り返し5本、新田辺直通普通2本、奈良直通急行1本)が運転されています。区間運転は無く、全列車が国際会館駅と竹田駅間を通しで運転しています。
 
 なお、京都・烏丸御池・北大路・北山の各駅には渡り線が設けられており、運行障害などが発生した場合はこれらの駅で折り返し運転をすることが出来るそうです。

 さて今日は、10時から草津市役所にて、市議会議員さんとの懇談を予定しています。15時からは、南部土木事務所にて振興局会議が開催されますので出席をさせていただきます。この会議は年に1度必ず開催されていますが、私にとっては凄く良い機会だと思っています。本日は18時から、関係の皆さんとの懇親の場も予定されています。

 さぁ、今日も元気に参りましょう!

 2002(平成14)年5月28日、経済団体連合会(経団連)と日本経営者団体連盟(日経連)が統合され、日本経済団体連合会(日本経団連)が発足しました。
 
 この日本経団連は、日本の東証第一部上場企業を中心に構成される団体であり、日本商工会議所、公益社団法人経済同友会と並ぶ「経済三団体」の一つとされています。
 
 以前は経済産業省所管の社団法人でありましたが、公益法人制度改革に伴い一般社団法人へ移行されました。
 
 「企業の価値創造力強化、日本と世界の経済の発展の促進」を目的としています。経営者の意見の取りまとめ、政治・行政・労働組合・市民などとの対話、会員企業への憲章遵守の働きかけ、各国政府・経済団体や国際機関との対話をしています。
 
 かつては重厚長大産業の首脳から選出されていましたが現在は異なります。
 
 さて今日は、市内の上笠町からのご要望について、現場の確認と市役所への確認に時間をあてたいと思います。午後からは、街宣活動が予定されています。
 
 今夜は、19時30分から、草津市北部まちづくり協議会の総会が開催されますので出席をさせていただきお祝いの言葉をお伝えしたいと思います。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 5月27日は、坂本龍馬像の除幕式が行われた日とされています。この銅像の要となる彫塑製作については、土佐出身の著名な彫刻家である本山白雲氏に依頼されました。
 
 昭和元年の6月には原型ができあがり、生前をほうふつとさせる堂々たる龍馬像が目前に現れた時、青年らの夢は幻でなく現実のものとなりつつあったとされています。
 
 この銅像の建設にあたり、寄付金集めが行われましたが、昭和元年年末、当時の天皇陛下の弟君、秩父宮殿下より建設への御下賜金が下されました。
 
 戦前の日本にあって、皇族からの御下賜金はまたとない力であり、それまで信用の得られなかった県からもお墨付をもらい、高知県あげての事業として認められました。
 
 昭和3年春、当時日本一の銅像となる龍馬像は高さ5.3メートル、台座とあわせると13.4メートルになるため、本体が三つに分けて鋳造されました。
 
 不眠不休で建設が進められ、除幕式の10日前にようやく完成し、1928(昭和3)年5月27日、銅像の除幕式は、晴れがましく盛大に行われました。桂浜から太平洋の遥かかなたを見据えた龍馬。日本一の銅像は、大柄だった龍馬が再び桂浜に降り立ったかのごとく、今もなお見事な雄姿を現しています。
 
 さて今日は、6月臨時議会一週間前の議会運営委員会を召集しましたので出席をし、会議をすすめることになっています。臨時議会の日程を協議した後、7月定例会の日程についても確認したいと思います。
 
 それぞれの会派でも、臨時議会での提出案件の説明も終わり、来月2日からの臨時議会が待たれるところとなります。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備等に関する特別措置法は1980(昭和55)年5月26日に公布・施行された日本の法律です。

 法律は二つの柱からなっています。一つは、村内全域が歴史的風土保存の対象となっており、駅前の一部以外を除いてほとんどが風致地区であり、建築には厳しい制限がかけられています。二つは、住民の生活安定を目的としています。 村の全域の歴史的風土保存地区については、第一種地区が、石舞台古墳、高松塚古墳、岡寺、伝飛鳥板葺宮跡(飛鳥京跡)、甘樫丘を中心とする地域とされ、現状変更が厳しく規制されています。

 第二種地区は、第一種地区以外の地域で、著しい現状変更については抑制されるものの、そうでない場合は許可されています。その他、明日香村の整備計画と整備基金を中心とした整備計画は、明日香村の歴史的風土の維持・保存と同時に、生活環境を整え村を発展させていくため、道路・下水道・公園・教育施設・農業環境などの整備をはかることが謳われています。

 松下幸之助氏がひいきにしていた大阪の鍼灸師・御井敬三氏が、明日香村の遺跡の保存を訴え、松下氏から佐藤栄作首相へと伝えられたことから、法制化へと進んだとされ、これとは別に三木睦子氏らによる保存運動も原動力となったそうです。

 さて今日は、旅行二日目です。9時に旅館を出発し、海産物のお買い物をした後、伊勢神宮の内宮の参拝を予定しています。二見にて昼食をとり、午後から、真珠館やベルファームを見学させていただき、18時30分頃に帰路につく予定です。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 5月25日は、タップダンスの日(アメリカ合衆国)とされています。「タップの神様」と呼ばれたビル・ボージャングル・ロビンソンの誕生日にちなんでいるそうです。
 
 1988(昭和63)年9月に米国議会に提出され、1989(平成元)年11月にブッシュ大統領が署名した法律により制定されました。
 
 タップダンスは、モダンダンスの一つとされ、元来はアメリカ南部の黒人のダンスだそうです。18世紀アメリカ合衆国・サウスカロライナ州の黒人奴隷の労働後のダンスでドラムが打ち鳴らされていましたが、1739年にサウスカロライナ州で暴動が発生し、白人が黒人の集まる場でのドラムを禁止しました。
 
 そこで、ドラムの替わりに足を踏み鳴らし音を出した事から始まったとされ、20世紀に映画や音楽とともに世界に広がりました。タップスと呼ばれる金属板を靴底の爪先(ボウル)と踵(ヒール)につけて床を踏み鳴らしながらリズミカルに踊られています。
 
 現在ではタップダンスも多様化しており、リズムタップやミュージカルタップなどのスタイルがあります。リズムタップはビートを重視し、ステップによって音楽を作りだしていくスタイルです。ミュージカルタップはブロードウェイミュージカルに見られるようにタップだけではなく体全体の動きも重視し、曲に合わせて踊っていくスタイルとされています。
 
 さて今日から明日にかけて、『親子神様詣りの旅』と題して後援会の旅行を計画しています。7時30分から8時にかけて市内各地を出発し、菩提寺SAで集結、多賀大社を参拝する予定です。
 
 愛知県の東福寺にて竹膳料理の昼食を取り、午後からはJRリニア・鉄道館を見学することになっています。本日のお宿は、鳥羽の戸田家さんです。途中の車中では、私の県政報告を予定しています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 年齢のとなえ方に関する法律【1949(昭和24)年5月24日公布】とは日本の現行法律であり、それまでの年齢の数え方について数え年から満年齢に変更するために制定された法律であり、所管は法務省です。
 
 この法律施行の日以後、国民は、年齢を数え年によって言い表わす従来のならわしを改め、年齢計算に関する法律の規定により算定した年数によってこれを言い表わすのを常とするように心がけなければならないとされています。
 
 更に、この法律施行の日以後、国又は地方公共団体の機関が年齢を言い表わす場合においては、当該機関は、前項に規定する年数又は月数によってこれを言い表わさなければならないとしています。但し、特にやむを得ない事由により数え年によって年齢を言い表わす場合においては、特にその旨を明示しなければならないとしています。
 
 従来の「数え年」から「満年齢」に変更することは、一種の日本人たちの若返り法になります。当時の日本では税金その他の生活についても何となく暗い気持ちになっていたところ、せめて年齢の上ででは若返るというようなことは、明るい気持ちがするものであり、予算を伴わないで国民の気持ちが明るくなるということは、政治上で大事な点とされていました。
 
 さて今日は、8時30分から「こやり事務所」の神事が執り行われますので出席をする予定です。引き続き、9時からは「こやり事務所」の事務所開きが行われますので参加をさせて頂きます。終了後の11時からはウェイクサーフィン西日本大会が津田江浦内湖で開催されますので、開会式に際してお祝いの言葉をお伝えしたいと思います。15時からは、草津市のあおばな館に於いて、平成26年度農政連盟草津支部の通常総会が開催されますので出席をさせていただきます。
 
 16時から、後援会行事の荷物の搬入をし、19時からは、守山商工会議所に於いて、第3選挙区支部大会が開催されますので出席をし、議案説明をすることになっています。今日も一日、行動的に過ごしたいと思います。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1969(昭和44)年5月23日、初の『公害白書』が発表されました。当時の日本は、大気の汚染や河川の汚濁をはじめとし、さまざまの公害が各地で頻発し、国民の健康や生活環境に深刻な影響を与えていました。
 
 経済社会の発展は目ざましいものがありましたが、反面、産業構造の重化学工業化や都市の膨張等に伴って、公害も広域化、複雑化の度合いを深め、公害問題は、緊急な解決を迫られる政策課題となっていました。
 
 そのような事態を前にして、1967(昭和42)年8月には公害対策基本法が制定され、公害問題の根本的解決のための施策の理念と方向が明らかにされ、従来の個別応急的な対策とは異なった総合的、計画的な公害対策の実施へのレールが敷かれました。
 
 そこで、公害対策基本法に基づき、政府が第61回国会に提出した報告を昭和43年度公害白書として発表されました。この白書は、わが国初の公害白書として関係各省庁において執筆し、総理府および厚生省が取りまとめにあたったものとされています。
 
 この公害白書は、1972(昭和47)年から『環境白書』に改称され今日に至っています。
 
 さて今日は、10時からピアザ淡海に於いて、大津たばこ商業協同組合の平成26年度通常総代会が開催されますので出席をさせていただきます。14時からは、議運の打ち合わせが予定されています。その後は、後援会事業の準備をしたいと思います。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1498年5月22日、ヴァスコ・ダ・ガマがインドに到着しました。このヴァスコ・ダ・ガマは、ポルトガルの航海者、探検家として有名です。
 
 ヨーロッパからアフリカ南岸を経てインドへ航海した記録に残る最初のヨーロッパ人であり、しばしばインドへの航路をヨーロッパ人として初めて「発見」した人物であるとされています。このインド航路の開拓によって、パルトガル海上帝国の基礎が築かれたとされています。
 
 ヴァスコ・ダ・ガマについて書かれた史料は非常に少なく、この航海についても公式な報告が作成されたはずですが残されていないそうです。
 
 第1回航海の一隻に乗っていた兵士アルヴァロ・ヴェーリョと考えられている『喜望峰を経由するインディアの発見のためにドン・ヴァスコ・ダ・ガマが1497年に行った航海の記録』が基本的な史料となっていますが、兵卒という立場ゆえに記述範囲は限定的になった部分が多いとのことです。
 
 この航海を終えた時点で、インド洋交易に乗り出したポルトガルは、自己の流儀を持ち込み軍事力を背景にしながら商館を各港湾に設置する手法を取りました。この決定は、ヨーロッパ各国が本格的にアジアに進出する契機になったとともに、その基本的態度を方向付けました。強力な海軍を派遣して貿易を支配する構造は、ヨーロッパ諸国がアジアに植民地主義を展開する初歩の手段として用いられました。
 
 さて今日は、7時から南草津駅での駅立ちからスタートします。小鑓(こやり)さんは草津駅の西口だそうですが、私は南草津駅が担当です。終了後の9時30分からは、自民党草津連協の市議会の皆さんとの会議を予定しています。終了後、後援会事業の案内に伺う予定をしています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 720(養老4)年5月21日、『日本書紀』が完成しました。この『日本書紀』は、奈良時代に成立した日本の歴史書であり、日本に伝存する最古の正史で、六国史の第一にあたります。
 
 舎人親王らの撰で、完成されました。神代から持統天皇の時代までが扱われており、漢文・編年体がとられ、全三十巻から編集されています。
 
 『古事記』と異なり、『日本書紀』にはその成立の経緯の記載がありません。しかし、後に成立した『続日本紀』の記述により成立の経緯を知ることができるとされています。
 
 この日本書紀には、もとの名称が『日本紀』だったとする説と、初めから『日本書紀』だったとする説がありますが、この議論は未だに決着しておらず、現在では一般的に「にほんしょき」が通用しているそうです・・・・!!!!
 
 さて今日は、10時から会派総会が開催され、6月議会の案件説明が予定されています。14時からは、広域行政対策特別委員会が開会されますので出席をします。更に、今夜は同特別委員会の関係の職員の皆さんとの懇親の場もあるそうですので参加をさせていただきます。
 
 ところで、昨日開催された第5回主会場選定専門委員会で、第79回国民体育大会の主会場の選定(案)が彦根総合運動場にすると決定されました。26日の第2回常任委員会に報告され、審議のうえ決定されることになります。
 
 惜しくももれた、希望が丘文化公園、びわこ文化公園都市は、より一層の活用が見込めると考えられることから、県においては、将来の滋賀県のスポーツ推進に向けて、施設のあり方や活用方法を検討されたいとの付帯意見も付けられたそうですので、今後の動向を注視したいと思います。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1909(明治42)年5月20日、世界初のうまみ調味料「味の素」が発売されました。このことを記念して制定された記念日です。うま味調味料とは、うま味を刺激する物質を人工的に精製した調味料です。ナトリウムと結合した結晶のかたちで扱われ、塩や砂糖のように、汁に溶かして使うことが多いようです。主成分はグルタミン酸ナトリウム、イニシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウムなどとされています。
 
 かつては化学調味料と称されていましたが、グルメブームなどの影響で化学調味料という言葉の印象が悪化し、1970年代にうまみ調味料と呼びかえられるようになりました。現在は、加工食品において原材料名として、「アミノ酸等」と表記されていることが多いようです。
 
 低コストで食品を美味しくすることができるため、現在日本の加工食品・外食産業では、ありとあらゆる食材にうま味調味料が使われています。
 
 「化学調味料」という呼称は、昭和30年代にNHKが商標を放送内で扱うことを回避する目的で使用したのが最初といわれています。業界団体である日本うま味調味料協会自身、1960年代後半から1985(昭和60)年まで「日本化学調味料工業協会」と名乗っていました。
 
 しかし1980年代、グルメブームにおいて「化学調味料未使用」と謳う店が増える中、現在の日本うま味調味料協会はその負のイメージの転換を図るため「うま味調味料」という語を造り、その使用を提唱しました。協会はこの理由として、味覚のひとつとしてのうま味が世界的に認められたこと、現在は天然原料による発酵法で製造されているため「化学」という語がもはや製品の特性を正確に表していないこと、「化学調味料」よりも「うま味調味料」とした方が「料理にうま味を付与する」という製品の特性を良く表す、などを挙げています。
 
 さて今日は、9時からと10時からそれぞれ事務所に来客予定となっており、積極的に接遇に努めたいと思います。更に、13時からは旅行社の方との事前打ち合わせをすることになっています。本番まで1週間をきり、準備にも手抜きがないように慎重に取り組まなくてはなりません・・・・!!!!
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 今日5月19日は、「セメントの日」です。1875年のこの日、宇都宮三郎氏らが国産初のポルトランドセメントの製造に成功したことに由来しているそうです。
 
 ポルトランドセメントとは最も一般的なセメントで、英国ポートランド島から産する石灰岩に似ていることからその名が付けられています。

 コンクリートの原料となるセメントですが、使われ方は想像以上に幅広く、ビル、橋、ダムなどの身近な構造物のほか、ときどき見かける白っぽい大仏や像なども実はセメント製だそうです。
 
 有名なものに、神奈川県大船駅前の大船観音や、宮城県岩出山の伊達政宗の平和像があります。

 さらには、セメントに由来する地名も国内にいくつか存在しています。山口県山陽小野田市セメント町や大分県津久見市セメント町などは、そっくりそのまま地名になっています。
 
 前者は小野田セメント(現在の太平洋セメント)が創業した町であり、後者は太平洋セメントの工場があることに敬意を表し、この名となったそうです。
 
 セメントは、コンクリートを作るための材料の一つで、灰色をした“粉”です。石灰石などを焼いてから粉にしたもので、水をまぜると固まる性質をもっています。基本的には、ものとものをくっつける“のり”のような役割りをする素材だとされています。
 
 住宅の建材としても代表的なセメント。一年に一度の「セメントの日」にちなんで、人にざっくり解説できるようにしておくとカッコいいかもしれませんのでご活用下さい・・・・!!!!
 
 さて今日は、9時30分から第3選挙区支部役員会が開催されますので出席を予定しています。14時からは、湖南4市の調整会議が開催されますので出席をさせて頂きます。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 5月18日は食物繊維に関する情報提供を行う学術団体「ファイバーアカデミア」が制定し、食物繊維(ファイバー)を摂取することの大切さを再認識してもらうことを目的としています。「ファ(5)イ(1)バー(8)」の語呂合せからだそうです。
 
 この食物繊維(ファイバー)は、熟した果物などに含まれており、食後の血糖値の急激な上昇やコレステロールの吸収を抑制する作用があると言われている「水溶性食物繊維」と野菜や穀類、豆類等に含まれ、大腸の働きを促す作用があると言われている「不溶性食物繊維」の二つに分けられます。
 
 食物繊維が多く含まれている食べ物はモロヘイヤ、ゴマ、オートミール、ごぼう、さつまいもなどが挙げられます。
 
 その繊維質から便秘解消効果が高いことは知られていますが、人体への作用はそれだけではありません。食物繊維は人体に吸収されない分、人体から排出する能力にたけており排出するのは便だけでなく、人体に有害なコレステロールや有害ミネラル、また発がん物質も吸収して体外へ排出しています。
 
 その排出能力は、生活習慣病やがんなどの多くの疾患の予防に役立ち、無視できないものとなっています。現代人はほぼ世界中で食物繊維が不足しており、その値は理想とされる数値をはるかに下回っています。

 便秘になりがちな女性は特に食物繊維の摂取が必要であり、食物繊維は脂肪の吸収を抑えて余分な脂質を包み込んで排出してくれるのでダイエット効果もあり一石二鳥です。

 さて今日は、このところの好天に感謝しつつ作業を終えた機械の洗浄と整備をしたいと思います。今夜は19時30分から追分会館において、自民党草津市志津支部の定期総会が開催されますので、私の地元でもありますので出席をし、県政報告をかねてお祝いの挨拶をさせていただきたいと思います。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 明治の新政府で北海道に屯田兵の設置を主張したのは西郷隆盛と言われていますが、彼の影響を受けた開拓使長官・黒田清隆が建議し、1870(明治3)年5月17日に制度が開始されました。
 
 以来、1904(明治37)年に制度が廃止されるまで、各地で37兵村、7,337戸、39,911人が入植し74,755haの開発が行われたと記録されています。
 
 この屯田兵とは、兵士を遠隔地へ派遣し、平常は農業を営むかたわら軍事訓練を行い、いざ戦争が始まったときには軍隊の組織として戦うことを目的とした土着兵のことです。
 
 屯田兵制度が北海道開拓に果たした役割には大きなものがありますが、特筆されるべきは現在の北海道における土地利用、なかんずく牧畜と大規模営農に適したアメリカ型の広大かつ整然とした区画です。
 
 こうした区画割は、今でも農村部のみならず、都市にまで適用されています。現在、北海道は食糧基地としての地位を揺るぎないものとしていますが、その基盤として、こうした区画割に基づく大規模な農業経営があることは論をまちません。
 
 さて今日は、日中は家業に汗したいと思います。今夜は、19時から青少年育成志津地区民会議の総会が開催されますので、出席をさせていただきます。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 5月16日が何の日かご存知でしょうか? 知らないと、早死にしてしまうかもしれませんとのことでしたのでご紹介します。
 
 なんと、5月16日は「セックスをすると3年以内に死ぬ日」とされています。この衝撃的な言い伝えの由来は、江戸時代の艶本『艶話枕筥』に書かれている一項目です。艶本というのは、現代でいうエロ本の類ではあるのですが、由来が『医心方』という医学書とされています。
 
 また、陰陽思想ではこの日を往亡日とされ、この日に戦で軍を進めると滅ぶとされていて、戦以外にも移転、転職、婚礼なども禁忌とされていました。セックスもある意味で戦であり、進軍でもありますので、禁忌とされた模様です。

「医心方の房内編」「道教の庚申論」「往亡日」は全て陰陽思想からきています。この陰陽思想というのは、陰と陽が相和して万象万物が創造されるという思想です。男を陽、女を陰とし、交われば子供が生まれ、両親が和合してこそ子供は良い子に育ち、それもまた万象万物の創造に繋がる道であると説いています。

 この日の根拠は、陰陽思想において気の流れが悪く、男女の和合を乱し、体を壊して最悪の場合は死んでしまう、ということなのかもしれません。これに習って、今日は「セックスを我慢する日」にしてみるのもいいかもしれません・・・・余計なお世話ごめんなさい。
 
 さて今日は、草津市の建設業市内業者会の定例役員会が開催されますので、小鑓氏と一緒にご挨拶に伺う予定をしています。15時からは、選挙対策会議が開催されますので出席をさせていただきます。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 今日は国際家族デーとされています。毎年5月15日を「国際家族デー」とすることが1993(平成5)年の国連総会で決定されました。総会は1989(平成元)年の決議によって、家族問題に対する認識を高め、包括的政策を持って家族に関する問題に取り組む各国を支援するべく、1994(平成6)年を「国際家族年」と宣言していました。 この日は、各国が家族問題に対する認識を高め、家族関連の問題に取り組む能力を高めるために定められた国際デーですが、日本ではあまりなじみがなく、盛り上がりに欠けていると指摘されています。そこで国民運動として、国連で定めた「国際家族デー」にちなんでキャンペーンが企画されています。
 
 家族は社会をつないでいます。そこで生まれたつながりが、世代間の関係を通じて時代を越えて引き継がれていきます。今年の「国際家族デー」は、家族という集団のメンバー全員を結びつける絆を祝う機会です。
 
 それはまた、家族が社会や経済の動きによってどのような影響を受けているか、そして、こうした状況の中で家族の絆を強めるためにはどうすればよいかについて、じっくり考える機会でもあります。タイトルは「家族・絆・世界」です。国際的な記念日ですので、是非、この機会にご家族みなさんでご参加されては如何でしょうか。
 
 さて今日は、9時から知事選での政策調整会議が開催されますので出席を予定しています。いよいよ本格的な選挙戦が始まろうとしていますが、どのような政策を打ち出すかは大切な取り組みです。しっかりと多くの県民の皆様にご支援いただける施策を目指して取り組んで参ります。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1991(平成3)年5月14日10時35分頃、滋賀県甲賀郡信楽町(現・甲賀市信楽町)黄瀬の信楽高原鐵道信楽線・小野谷信号場 - 紫香楽宮跡駅間で、信楽発貴生川行きの上り普通列車と、京都発信楽行きのJR西日本直通下り臨時快速列車「世界陶芸祭しがらき号」が正面衝突しました。
 
 JR臨時列車は先頭部が押し潰されて折れ曲がり、信楽高原鐵道は先頭車が2両目に挟まれる形で原形を留めない程に粉砕されました。
 
 42名が死亡(JR側乗客30名、信楽高原鐵道側乗客12名)、614名が重軽傷を負う大惨事となりました。

 当時、沿線の信楽町では「世界陶芸祭セラミックワールドしがらき’91」が開催されており、信楽高原鐵道は来場者輸送に追われていました。
 
 一方、衝突した臨時快速列車は乗客で超満員の状態(定員の約2.5倍)であったため、人的被害が非常に大きくなったとされています。
 
 さて今日は、10時からは代表者会議が開催されますので、宇賀議員に代わって出席をすることになっています。11時からは、議会運営委員会が開催されますので合わせて出席をすることになっています。今日は、6月定例会の議会日程について議論がされる模様です。
 
 14時からは、一斉常任委員会が予定されており、私の所属する文教・警察常任委員会も開催されることになっています。本日は委員会終了後の18時から関係の職員の皆さんとの懇親の場も予定されています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 美祢社会復帰促進センターは、山口県美弥市豊田前町にある日本で初めてのPFI方式により設置された刑務所(矯正施設)です。半官半民の施設であることから、俗に、「民活刑務所(「PFI=民間資金活用による社会資本整備」の略)」と呼称されています。

 2007(平成19)年5月13日に開所し、運用が開始されました。刑務所ではあるものの、「刑務所」の名称は用いられていないのが特徴です。元々、この場所は地域振興整備公団が造成し、関連公共事業を市が実施して整備した工業団地「美祢テクノパーク」でしたが、バブル崩壊に伴う景気低迷の影響などもあって、1997(平成9)年9月の分譲開始以来、一社の企業も進出していない状態が続いていました。

 そんな中、近年、増加する刑事犯への対応から、定員を超えた過剰収容の刑務所が続出する事態が生じており、これを踏まえて、美祢テクノパークの利活用方法を模索していた美祢市が、2001年より矯正施設の誘致に乗り出すこととなったそうです。

 地元の豊田前地区では一部で強い不安と反発もみられましたが、2004年10月には法務大臣から美祢市へ矯正施設の新設が発表されました。さらに、構造改革特区の指定を受けた地域で、PFI手法による刑務所の設置が可能となったことを受け、この施設をPFI事業により整備することが決定されました。

 この施設では、受付、見張り、巡回、教育、清掃、給食の業務を民間が担当するというフランス型に近い混合運営施設方式がとられており、その後、定員を超えた過剰収容の女子刑務所が続出する事態が生じていたことから、2011年10月に女子収容棟が増設されました。

 さて今日は、10時から平成26年度の会派政調活動が開始されます。私もこの1年間、政調副会長として務めたいと思います。12時からは、関係部署の次長会が予定されています。更に、終了後は議会運営の打ち合わせも予定されています。雨にも負けず頑張りたいと思います。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 沖縄県本部町によって、1999(平成11)年に制定された記念日ですが、アセロラの初出荷の日にあたる5月12日を「アセロラの日」と制定し、町ぐるみでアセロラのPRに取り組んでいます。その日は地元小・中学校の給食ではアセロラゼリーが配られ、地元カフェなどでもアセロラの実が配られるなど、町はアセロラ一色となります。
 
 アセロラは西インド諸島原産の果物でビタミンCを豊富に含んでおり、清涼飲料水、ジャム、ゼリーなどに加工されます。ただし、熟した果実は傷みやすいため一般にはほとんど市販されていません。そういった理由から加工用には未熟果が用いられています。また、果実は種類によって酸味が強い酸味種と甘みが強い甘味種に分けられます。
 
 アセロラが日本に初めて上陸したのは今から約50年以上前、沖縄熱帯果樹の父と言われるヘンリー仲宗根氏によって、当時ハワイから8本のアセロラの挿し木が持込まれました。当初は小規模の生産でしたが、沖縄県でもとくに本部町では、町の特産品としてアセロラ普及に取り組んできました。そしてその成果が認められ、2008(平成20)年3月に県で唯一のアセロラ拠点産地として認定されました。
 
 アセロラは暑さに強く、痩せた土地にも育つ事から沖縄の風土に最適な植物と言われています。さらにお年寄りにも力仕事の少ない栽培方法は、シルバー産業のモデルケースとして他の地域からも注目を集めているそうです。

 さて今日は、午前中は家事に従事する予定をしています。13時からは、草津市内での街宣活動を予定しています。いよいよ対戦相手も全て出揃ったところですので、本格的に行動したいと思う次第です。18時からは、大津市内での会合が予定されています。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1937(昭和12)年5月11日、御堂筋の拡幅工事が完成しました。この道路は、大阪府大阪市の中心部を南北に縦断する国道であり、現代の大阪市における南北幹線の基軸とされています。
 
 大阪市は大阪府のほぼ中央に位置する市で、同府の府庁所在地であり、政令指定都市に指定されています。1889(明治22)年4月1日の市町村制開始の際に市制施行した日本の最初の市とされています。そして、日本を代表する商業地ですが、観光地としても栄えている歴史ある都市でもあります。
 
 大阪市は24区にわかれており、区の数は日本最多とされています。エリアは、梅田、天満・福島など、JR大阪駅を中心とした大阪市街地北部を総称した「キタ」と呼ばれるエリア、心斎橋、難波、阿倍野周辺など大阪市街地の南部を総称して「ミナミ」と呼ばれるエリア、そして港区のユニバーサルスタジオから安治川(大阪府大阪市西区にある地名)を隔てて南に位置する天保山地区のエリアの3つに分類されています。
 
 この御堂筋は、大阪市の中心部である「キタ」のJR大阪駅前から淀屋橋・本町・心斎橋を経て「ミナミ」の南海難波駅前間を貫く目抜き通りにあり、全長は約4km、幅員44m、片側6車線の道路であり、大阪駅に近い梅田新道交差点より北側は国道176号線、南側は国道25号線に指定されています。
 
 さて今日は、昨日が後援会行事の参加申し込みの締め切り日でしたので、各世話人の皆様に確認をしたいと思います。併せて、来週半ばまで、再度の募集にご尽力をお願いしたいと考えています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 街区表示の日は、1962(昭和37)年5月10日に「住居表示に関する法律」が施行されたことを記念して制定された記念日です。

 街区表示板とは、日本の市区町村において住居表示を実施している区域で、街区(所在地)を表示している細長いプレートのことです。街区符号板、または町名板とも呼ばれ、主に電信柱や家の塀などに付いています。住居表示に関する法律により、住居表示を実施した市町村(特別区を含む)に設置が義務づけられています。

 住居表示を実施していない区域でも街区符号のない町名・地番(△△一丁目○○番地)を記した表示板が設置されることがあり、町名(大字名)表示板(または、地番表示板)などと呼ばれています。街区表示板とは異なり設置義務はなく、地方自治体が設置するほかライオンズクラブなどの慈善団体が地方自治体に寄贈されています。あるいは企業が広告を兼ねて設置する例もみられているそうです。

 多くの場合、縦に細長い形状を有する金属あるいはプラスチック製の板(プレート)であり、濃い色の地に白または黒で記載事項が書かれており、建物の壁面や家屋の塀、電柱等に固定されて表示されています。

 さて今日は、9時30分からは、陸上自衛隊大津駐屯地の創立記念式典が開催されますので出席させていただき共にお祝いしたいと思います。その後の祝賀会にも出席を予定しています。終了後、膳所の事務所に寄ってから帰宅します。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 男性用化粧品ブランド「AXE(アックス)」を展開するユニリーバ・ジャパンによって、5月9日を「告白の日」として制定されました。五(こ)九(く)で「こくはく」の語呂合せからとされています。
 
 これに合わせて同社は男女の恋愛に対する調査を実施したところ、【好きな人ができてもすぐに告白できない】男性が79%を占めた一方、恋愛対象として意識していなかった相手でも【告白されたら付き合うかもしれない】と答えている女性は55%にのぼったとされています。
 
 とにかく、気になる方がいる男性は、先ずは行動を起こすことが最初の一歩とされていることに気付くと同時に、ふられる事を恐れずに、告白してみることが大切であるとされているようです。
 
 最近では、草食系男子という言葉で表現されるように、何事にも受身になってしまう傾向の男性が増えてきたとされています。決して、肉食系になれとは言いませんが、少しの勇気を持って、自分の思いを相手に伝えなければ何も始まらないのも事実です。
 
 せっかくの記念日ですので、お気づきの方は是非とも今日の日を有効にご活用下さい・・・・!!!!
 
 さて今日は、10時から各議会の委員会の正副委員長会議が開催されますので出席をすることになっています。その後11時からは、議会事務局の方との打ち合わせが予定されています。
 
 午後からは、地元調整のため草津市役所と南部土木事務所に伺うことになっています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1925(大正14)年5月8日、東京銀座・資生堂ギャラリーで「武井武雄童画展覧会」が開催されました。この時、初めて「童画」という言葉が使われ、後に定着したそうです。

 武井武雄氏の出身地である長野県岡谷市では、イルフ童画館を中心に童画による児童文化、市民文化の発展を目指しています。2000(平成12)年の「第1回武井武雄記念 日本童画大賞」が決定されたことを記念して、この日が「童画の日」と制定されました。

 東京都内にある、ちひろ美術館には図書室があります。その中の日本の絵本作家のコーナーを見ると、武井武雄氏の本も数冊あり、そのなかのひとつに、1998(平成10)年発行の『武井武雄画噺1あるき太郎』(銀貨社)があるそうです。

 復刻された作品で、あるき太郎がさまざまな乗り物に乗って冒険をする話であり、絵もストーリーもユニークで、静止画でありながら動いている様子をイメージできるものばかりとされています。

 また美術館がいつまでもここにいたいと思わせる空間だとされています。この作品は、と。わけ作品に没頭でき、味わうことができると高評価だそうです。今日は、幸せな気持ちにさせてくれる童画を堪能してみては如何でしょうか。

 さて今日は、10時からは、県庁にて栗東市の方からの行政相談に立ち会うことになっています。午後からは、地元に戻って対応をしたいと思います。今夜は、19時から志津小学校に於いて、「第1回子ども110番運営会議」が開催されますので出席をさせていただく予定をしています。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1999(平成11)年5月7日、国の文書を原則公開とする情報公開法が衆院本会議で可決、成立しました。政府が独占してきた情報を国民が共有できる画期的制度とされています。

 この日に成立し、2001(平成13)年4月から施行されました。請求権者は「何人も」とされ、日本国民のみならず外国人も含まれています。
 
 公開の義務を負う機関は、内閣の統括下にある行政機関と会計検査院。これら機関は、公開の請求を受けてから原則として30日以内に公開か非公開かを決定しなくてはなりません。
 
 公開対象の情報は、行政機関における決裁・供覧文書に限らず、組織的に使用された共用文書、意思決定途中の文書を含むとしています。ただし、個人に関する情報、国の安全に関する情報、意思決定の中立性が不当に損なわれ国民に誤解と混乱をもたらす恐れのある情報については非公開とすることができるそうです。
 
 さて今日は、10時から地元山寺町に本社・工場を移転された佐野製作所の竣工式にご招待をいただきましたので出席をしお祝いをお伝えしたいと思います。
 
 午後からは県庁へ参りますが、14時からは会派総会が開催されます。本日は、会派人事と自民党県連の役員が確認されることになっていますが、その他追加審議事項もありそうです。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 このコロッケの日は、各種の冷凍食品の製造販売を手がけ、全国の量販店、コンビニ、外食産業などに流通させて、日本一のコロッケメーカーを目指す香川県三豊市の株式会社「味のちぬや」によって制定ました。
 
 日付は、明治時代に登場して以来、庶民の味方として親しまれてきたコロッケを春の行楽シーズンに家族で食べてもらいたいとの願いと、5と6で「コロッケ」と読む語呂合わせから5月6日をコロッケの日を定められました。
 
 このコロッケの由来は、諸説あるそうですが、フランス料理の付け合せ料理だった「クロケット」が起源ではないかといわれています。日本への伝来がいつ頃なのか定かではありませんが、明治以降広く親しまれ、大正時代には代表的なメニューになっていたようです。更に昭和に入ると惣菜だけではなく、おやつとして親しまれるようになりました。
 
 皆さんは、台風接近の時はコロッケが良く売れるという話を聞かれたことはありますでしょうか!? これは、2001(平成13)年8月21日〜22日にかけて紀伊半島〜関東地方に上陸した台風11号について語る、2ちゃんねる「ニュース速報」に登場したことに起因しているそうですが、「念のため、コロッケを16個買ってきました。もう3個食べてしまいました」といった1つの書き込みがきっかけとさています。
 
 今や伝説となったこの書き込みは、「コロッケ買いすぎ!」「コロッケ食べたい買ってこよ」と、「にわかコロッケ祭り」に発展し、これ以来、台風の上陸が予想されると、2ちゃんねるでは「コロッケ買ってこなきゃ」「今日の夕飯はコロッケ」と「台風=コロッケ」が定番になっており定着しているそうです。
 
 さて今日は、10時からは草津市志那吉田町の三大神社の「藤まつり」に伺う予定をしています。昨日に式典が開催されたようですが、町内の祭礼のために適いませんでしたので一日遅れて見学をさせていただきたいと思います。本日の夕方からは、昨日の祭礼の“ご縁”と称した慰労会が開かれることになっていますので参加をさせていただきたいと思います。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 おもちゃの日は、端午の節句に因み、おもちゃや人形のPRの為、東京玩具人形問屋協同組合によって制定されました。この玩具・おもちゃを、国語辞典で調べてみると、(1)子供が持って遊ぶもの。がんぐ。(2)なぐさみにもてあそばれる人や物。→(おもちゃ)にする。=もてあそぶ。慰み物にする。とあります。
 
 このことから、一言で言えば、持て遊ぶ道具と言うことになります。このおもちゃの語源をたどれば、平安時代の源氏物語などには、「明け暮れのもてあそびに・・・」などと書かれているように、「もてあそび」ものとか「もちあそび」ものなどと呼ばれていました。
 
 これが、室町時代の御所などに仕える女房たちの間で「女房詞(ことば)」がはやり、上に「お」をつけて下の方を略して、「もてあそびもの」が「おもて」〜「おもちゃ」になったとされています。
 
 そのようなことから 、日露戦争の頃に行われた明治政府による国語統一運動の中でおもちゃに代わって玩具という語ができましたが、この言葉には「もてあそぶ」という意味があるため、太平洋戦争中には、不健全なニュアンスがあるとして「遊具」と変更させられたようです。
 
 しかしながら、国民にとってなじみのある言葉であったことから、戦後になって「玩具」が再び使われるようになったとされています。日本以外の国でも、「玩具」という言葉はあまりいい意味を持っておらず、英語「Toy」にも、“くだらない物、戯れる、おもちゃにする”といった意味があります。
 
 現代では、子供が持って遊びの対象として取り扱われるようなものを玩具としていますが、狭義には、玩具の中でも構成および用法が単純または原始的で、特に対象層を子供向けに設定しているものを「おもちゃ」と呼ぶ傾向があるとされています。
 
 さて今日は、私の町内では、祭礼が行われることになっています。私も、朝からお風呂に入り、体を洗って身を清め白いシャツとパンツで神輿を担ぐ井出達に変身します。11時に町内会館に集合し、お神酒をいただき氏神様へ全員で移動します。その後、神輿の準備をした後、お旅所を目指して勇壮な神輿の移動となります。無事に担ぎ終わるように頑張ってきます。恐らく明日は、肩を中心に全身が筋肉痛だと思います。ちょっとお天気が気がかりです・・・・!!!!
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 日本植物園協会では、2006(平成18)年度より5月4日「みどりの日」を「植物園の日」と位置付け、「ふるさとの植物を守ろう」をテーマに活動を進めています。
 
 植物園活動を広く社会に知らせ、多くの市民から植物園活動の社会的な重要性に対するさらなるご理解、ご支援をいただくことを目的としているそうです。
 
 植物園活動の普及啓発・広報の一環として、全国の植物園でさまざまな関連行事が開催されています。
 
 植物は地球上の生物の中心的存在であり、人間の健康にとって必要不可欠な資源です。更に、基本的な生態系の機能を維持する重要な役割を果たし、世界中の野生生物の生存にとって欠かすことはできません。
 
 また、植物は私たちの暮らしには極めて重要です。私たちは植物に依存して生活しているのですが、事態はすでに危機に陥っています。
 
 植物学者の推定によると、世界中でおよそ10万種もの植物が絶滅を目の前にしているそうです。これは世界の全植物相の3分の1以上。植物保全は、今、社会全体の問題として認識される必要があるとされています。
 
 さて今日は、午前中は資料整理にあてたいと思います。13時からは、明日の祭礼の準備のため町内総出で作業が予定されています。夕方からは、緊急の会合が開かれることになりましたので出席をします。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 大阪市営地下鉄御堂筋線は大阪初の地下鉄であり、日本最初の公営地下鉄とされ、開業日は1933(昭和8)年5月3日です。開業当初の区間は梅田〜心斎橋まででした。「御堂筋線」の名称は、この路線が大阪市のメインストリート、御堂筋の下を通ることに由来しているそうです。
 
 御堂筋線は、将来の乗客数増加を見込み、梅田〜心斎橋間のホームは12両編成対応で造られたそうです。またトンネル断面も余裕を見込んで大きめに作られたため後年の冷房車の導入も容易だったとされています。
 
 御堂筋線の駅の特徴として、ドーム天井が上げられています。もうひとつの特徴が蛍光灯を使用したデザイン性の高い照明であり、各駅によってデザインが異なっています。開業当時からドーム天井にはシャンデリアが取り付けられ、豪華な雰囲気であったとされています。
 
 御堂筋線の豪華さについては、開業当時の「大大阪時代」の栄光とともに語られることが多く、あたかも裕福な大阪市が税金をじゃぶじゃぶとつぎ込んで贅沢三昧をしたかのように言う人もいますが、当時の大阪市の財政も非常に苦しい状況だったとされています。
 
 そこで大阪市は「受益者負担」として沿線住民に費用を負担させました。地下鉄工事と同時に道路の御堂筋の工事も並行して行われていたため、その分も合わせて費用を負担しなければなりません。大きな道路と地下鉄が開通すれば、交通の便が良くなり地価が上昇し、住民は大きな利益を受けるはずだから応分の負担金を支払うべきというのが市の言い分であり、浪速のど根性で、住民も理解を示し協力したとされています。
 
 さて、連休後半が始まり、全国的に天気も上々だそうです。草津市内の多くの地域で、祭礼が行われます。私も、幾つかのご町内へお祝いに伺う予定をしています。皆様も、こうした恒例行事に参加されたり、ご家族、あるいはお友達と行楽へお出かけになる方もおられることと思います。どうかお出かけの際は、くれぐれもお気を付けてお出かけ下さい。私も、夕方からは、親戚を訪問し、更に、お世話になっている方のお通夜にも参列する予定です。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 今日は“緑茶”の日だそうです。何故かというと、どうやら「八十八夜」と関係があるようです。八十八夜とは、節分や彼岸などと同じ雑節の一つで、季節の変化を目安とする日です。
 
 立春(2月4日頃)から数えて88日目が八十八夜で、それが毎年5月2日頃にあたります。末広がりの八が2つ並ぶ、また「米」という漢字が八十八に分けられるなどから、農作業を始めるのに縁起がよいともされています。

 関東方面で、昨日がいきなり真夏の暑さだったように、八十八夜前はまだ昼夜の温度差が激しく、一方で晩霜と呼ばれる霜が降りることがあります。
 
 しかし、八十八夜以降は気候が暖かく安定するので、「八十八夜の別れ霜」とも呼ばれています。つまり、この日から季節が春から夏へ移っていくそうです。これ以降、農作業が本格化するのは、以上のような気象条件が影響しているようです。

 お茶といえば、日本に於いては仏教と切り離すことが出来ません。最澄・空海、そして栄西や明恵など、お茶に関わった祖師は多く、彼らの輸入や著作による啓蒙活動によって、日本では室町期に庶民にも広まることになりました。
 
 日本人にとって、欠くことの出来ないお茶ですが、最近では、お茶を飲むときは買ってきたペットボトルで済ませているように感じます。敢えて手を煩わせて急須から入れて飲んでみるのも良さそうです。
 
 さて今日は、8時30分から人間ドックを予約していますので行ってまいります。13時からは、大津市と草津市の合同による県要望に同行することになっています。15時からは、大津市内で面談を予定しています。
 
 明日からは、大型連休の後半が始まります。連休の合間ですが、規則正しく行動的に過ごしたいと思います。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 5月1日は「扇の日」とされ、京都扇子団扇商工協同組合によって1990(平成2)年に制定されました。『源氏物語』では女性が光源氏に扇を贈っていることから、「こ(5)い(1)」(恋)の語呂合せだそうです。
 
 扇子(せんす)は、扇(おうぎ)ともいわれますが、「おうぎ」は、歴史的仮名遣では「あふぎ」と書くそうです。この扇子(せんす)を開いた形、「扇形」は、「末広がり」に通ずるので縁起のよいものとされてきました。
 
 扇子と同じく自分の手で風を送るのに用いる道具「団扇(うちわ)」は、紀元前の中国で用いられたとの記録があるそうですが、日本へは7世紀頃に伝来しました。うちわを折り畳んで携帯に便利な扇子にするというアイデアは、ずっと時代が下り、8世紀頃の日本で発明されました。
 
 当初は男性が用い、女性は「はしば」という団扇(うちわ)の一種を持っていたようですが、次第に女性も檜扇を用い始め、宮中の女人が常に手にするようになったとされています。
 
 さて、今日から5月に入り、風薫り、新緑目にしみる季節となって参りました。早いもので、今年も3分の1が過ぎたことになります。
 
 今日は、こやり事務所の開設に伴う現地確認と、日程調整のために時間をとりたいと思います。既に、現知事の3選不出馬の報道もされていますが、いずれにしても来週7日には明らかになりますので、それまで我が陣営もしっかりと体制を整えておかなければなりません。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!